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カルティエ CARTIER

カルティエ CARTIER

1847年に宝飾職人のルイ=フランソワ・カルティエがパリでメゾンカルティエを創業しました。パリ、ロンドン、ニューヨークの3都市で世界的な宝石ブランドとして躍進したカルティエは、後にイギリスご用達となり、英国王エドワード7世に『宝石商の王であるがゆえに王の宝石商』と言葉を与えられます。世界ではじめて成功をおさめた、紳士用腕時計とも言われているサントスを誕生させた後も、樽の形からインスピレーションを得た「トノー」や、亀の甲羅をモチーフにした「トーチュ」、戦車からインスピレーションを受けてデザインされた「タンク」など、数々のウォッチ・コレクションを展開していくこととなります。 どのコレクションも宝飾職人ならではの繊細さで、ハイジュエリーの老舗ならではの気高さとエレガンスさを兼ね揃えるブランドです。

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カルティエの歴史

1819年
カルティエ創設者「ルイ=フランソワ・カルティエ」誕生。
宝石商アドルフ・ピカエールの元で宝石について学ぶ。
1847年
カルティエはピカエールからパリのアトリエを譲り受け、このアトリエがカルティエ・メゾンの偉大な歴史の第一歩となる。
1853年
ヌーブ・デ・プティ・シャン通りに自ら本格的な店をかまえる。
1959年
イタリアン通りに進出する。
1872年
息子アルフレッドを共同経営者に。
1899年
ルイ=フランソワの息子「アルフレッド・カルティエ」が、ラ・ペ通りへと店を移転。
1898年
アルフレッドが長男であるルイを事業パートナーに
「アルフレッド カルティエ&フィス」
※(アルフレッドは3人の息子「ルイ」「ピエール」「ジャック」にカルティエの成長を託し、それぞれ、パリ、ロンドン、ニューヨークという3大都市のショップを任せます。なかでもパリに残り、カルティエの基盤を支えた長男のルイは、その才覚をいかんなく発揮し、カルティエの発展に大きな影響を与えたと言われています)
1902年
カルティエ ロンドンがオープン。
1904年
イギリス王室(エドワード7世)の御用達となるカルティエは、その後もイギリス王室の様々な儀式に際して、製品を提供していくことに。
詩人ジャン・コクトーのためにつくられたという「スリーゴールドリング」(トリニティ)や、香水コレクション「パル口コミカルティエ」、ライターコレクション、 レザーグッズ コレクションなど、次々と斬新で新しい部門を開拓。

「ルイ=フランソワ カルティエ」死去

ルイ カルティエがアルベルト サントス デュモンの為の腕時計を制作。
1906年
ジャック カルティエがロンドンでの経営者に。
1907年
ピエール カルティエがニューヨークへ。
時計師であるエドモンド ジャガーと契約する。
1910年
ピエール カルティエ、ニューヨークに支店をオープン。
「C」を組み合わせたロゴマークが誕生する。
1911年
サントスデュモンを発表する。
1914年
豹を用いたパンテールモチーフを採用する。
1917年
タンクがデザインされる。
1919年
タンクを発表する。
1925年
「アルフレッド カルティエ」死去
1935年
モンテカルロ、オープン
1942年
「ルイ カルティエ」死去
1978年
スチール×ゴールド製のサントス(腕時計)を発表する
1970年
香港に店舗をオープン
1971年
ミュンヘンに店舗をオープン
1973年
「レ マスト ドゥ カルティエ」を提唱し、機能的で広く社会に受け入れられる新しい高級品ブランドのイメージを作りあげる。
1989年
第一回S.I.H.H.が開催
ディアボロを発表する。
1993年
ヴァンドームグループを設立する。
1995年
パシャCを発表する。
1996年
タンクフランセーズ発表
1997年
トリニティウォッチを発売

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