STAFF RECOMMENDATION vol.9『ヴァシュロンの真実』

 

ヴァシュロンの真実

スタッフ・レコマンドを書き続けるタカギです。今回はヴァシュロンについて書いてみたいと思います。

なぜ、あまり特集されないメーカーなのでしょう?
パテックやランゲといったメーカーの陰に隠れてしまいがちなラインナップからくる印象のせいでしょうか。
日本のマーケットでは、‘伝統’‘格式’等の古典的なイメージが強すぎるような気がします。
それでも、シンプルな美しさへの拘りこそが、名門としての矜持なのでしょう。
ただ不思議に思うのは、なぜ‘バセロン・コンスタンチン’から‘ヴァシュロン・コンスタンタン’と呼び名が変わったかという事です。
日本では長い間、‘バセロン・コンスタンチン’として愛され定着していたのに・・・。
リシュモン・グループの傘下に入った事による変化を与えたかったのかもしれません。

ここで簡単に、その250年以上の歩みを見てみます。

1751年 Jean-Marc Vacheron が時計職人として歩み始める。
時代背景として、16世紀には宗教改革による迫害を逃れて、多くの時計職人がフランスやドイツからジュネーブに居を移していました。
その後、16世紀後半にはジュネーブの時計作りが高く評価されるようになり、
17世紀後半には既にジュネーブの主要産業として確立されるまでになります。
Jean-Jacques Rousseau曰く『パリの時計職人は時計についてだけしか知らないが、
ジュネーブの時計職人はあらゆる事に自信を持って語る』と述べたほど、時計職人はある種の知識階級として存在していました。

1755年 ジュネーブのシテ島に時計工房を開設する。
当時はJean-Marc Vacheronと刻印されていました。
彼もやはり窓のある屋根裏部屋を工房として時計作りを行う‘キャビノチェ’と呼ばれる職人でした。
翌年にはヨーロッパ諸国の列強が、北アメリカやインド等の領土争いを7年戦争という形で繰り広げ、
その後アメリカでは独立戦争が起こり、現代の世界地図が完成します。
紡績・蒸気機関等の産業も近代化していく時代でした。

画像: バセロンマーク

メーカーのシンボルでもあるマルタ十字は、1880年ごろに商標登録されています。
その後CONSTANTINの名前が記されるには、1819年まで時間の経過が必要でした。
ヴァシュロンの歴史の流れは、まさに時計産業がビジネスとして発展していく過程でもあります。
1837年に機械職人であったGeorges-Auguste Leschotが、互換性のある部品製造のための工作機械を完成させ、
部品の品質および精度の均一化を可能とさせました。
そしてJean-Marc Vacheronは、それまで分業制であった時計作りを、一つ屋根の下で行う協業体制を作り上げたのです。
これはartisan(職人)的な仕事の終焉を意味するといってもいいでしょう。

その後、1840年前半には、レショーの工作機械を使用したムーブメントが登場します。

画像: レショーの工作機械によって最初に機械生産されたムーブメント

ヴァシュロンは、中国・アメリカ・中南米(ブラジル)・オランダ・スペイン・等の国々と取引を行い、様々な時計が生まれました。
スペイン市場では‘ダブル・パーパスウォッチ(男女兼用)’を販売し、
中国市場には美しいジュネーブ伝統のエナメル細工をあしらったケースに、
鍵巻でデュプレックス・エスケープメントのムーブメントを搭載した懐中時計を出荷しています。
その時その国のマーケットに合った商品戦略が行われていたという事です。

1881年 アメリカ・エール天文台での精度コンテストにおいて、記録的な好成績を収める。

1896年 ジュネーブ天文台の国際精度コンクールで1位を獲得する。
そして1908年には、精度や機械の仕上げの美しさなどを追及した【クロノメーター・ロワイヤル】が登場します。
当時、コーヒーの生産で莫大な富を得たブラジルのコーヒー王たちが、挙って高精度・高品位な懐中時計を求めました。
その要求に対するヴァシュロンの回答が、この【クロノメーター・ロワイヤル】です。
スイスのクロノメーター検定に合格した高精度機械と、熟練の職人が丹念に手を加えた最高級品であり、
王侯を意味する‘ロワイヤル’を名乗る究極の逸品と言えるでしょう。

画像: クロノメーター・ロワイヤル

そして1912年、いよいよ記念すべき年を迎えます。
ヴァシュロン初の‘腕時計’の製造です。

画像: 1912

【1912】
これは復刻版です。
ヴァシュロンといえば、ケースデザインの美しさが光るメーカーです。
それは、他のどのメーカーにも無い、
アールデコを知り尽くしたヴァシュロンだからこそ出来るデザインなのでしょう。

画像: サルタレーロ

サルタレーロ】も非常に面白い時計ですね。
ルクルトベースの機械を採用していますが、ケースデザインや文字盤などはヴァシュロンらしい美しさです。

画像: キャビノチェ

キャビノチェ】もまた非常に美しいケースです。
フラットでシンプルなデザインですが、裏蓋には

画像: キャビノチェの裏蓋

キャビノチェの姿が掘り込まれています。

そして、私が一番ヴァシュロンらしいと感じてしまう時計が、

画像: ヒストリカル・ルネッサンス

ヒストリカル・ルネッサンス
これはケースのデザインというよりも、“ティアドロップのラグ”に尽きます。
モダンなデザインで、今でも十分通用する印象的な時計です。

さらには、ヴァシュロンの時計を想うと避けて通れないのが

画像: メシュドール スケルトン

【メシュドール スケルトン】
1960年代から作り続けているスケルトンの時計です。
キャリパー1120SQを搭載して、206型の編みこみデザインのブレスを纏った贅沢なモデルです。
キャリパー1120は、様々なモデルにも使われている名機です。
先に紹介した【サルタレーロ】(1120RMSQ)もその一つですが、
他にも【メルカトール】(1120ME)や【パーペチュアルカレンダー】(1120QP)のベースムーブメントとなっています。

1967年に開発された、ヴァシュロン・コンスタンタン初の超薄型自動巻きムーブメントです。
振動数は5.5振動。懸垂式香箱と、四つのルビー製ローラーで支えられ、ベリリウム製レールと一体化したローターなどが特徴です。

仕様
直径 28.40mm(12 1/2ライン)
厚み 2.45mm
振動数 19800/h(2.75Hz)
石数 36石
パワーリザーブ 約42時間
Lift Angle 56度
脱進機 レバーエスケープメント.フラットヘアスプリング.モノメタルスムースバランス

この機械は、【ジャンピングアワー】にも使われていたりします。

これも非常にヴァシュロンらしい作品ですね。裏側から見ると

ベリリウム製のレールと一体化したローターも見えます。

では、キャリバー1120の内部構造はどうなっているのでしょうか?

そして、先の【ジャンピングアワー】では、1120の上にジャンピング機構を載せています。

1120を、モジュールとして使っているのが、よくわかります。

典型的なスタイルだけではなく、1970年代には【222】という
今の【オーバーシーズ】の原形とも言えるモデルを発表しています。
ヴァシュロン創立から数えて222年目にあたる1977年に、世界限定222本で販売されました。
それまでのヴァシュロンからは想像出来ないほどに特徴的なモデルでした。

当時、パテックの【ノーチラス】やAPの【ロイヤルオーク】なども存在しており、
ヴァシュロンとしてもライバルに遅れを取る訳にはいかなかったのでしょう。
ただこのモデル自体は、222本の限定品で終了してしまいました。

1977年の【222】の発表から【オーバーシーズ】が出るまでには19年という歳月が必要となりましたが、
その間にもコンテンポラリーなモデルは登場しています。

画像: フィディアス

フィディアス】です。
名前の由来は、古代ギリシャの建築家であり画家でもある、有名なパルテノン神殿の建築総監督をしていたPheidiasから来ています。
時計本体はスポーツデザインですが、50m防水とあくまでも日常生活防水を確保しただけに留まっていました。
【222】から【フィディアス】までを考えると、スポーツウォッチの方向性が迷走していた様にも見えます。

そして1996年に【オーバーシーズ】の登場となります。
無骨では無く華美にもなり過ぎない、ヴァシュロンらしいデザインを作り上げました。

画像: オーバーシーズ

マルタ十字をモチーフとしたベゼルのデザインと堅牢なブレスの作りが、
名門ヴァシュロンの誇り高きスポーツウォッチである事を一目で感じさせてくれます。

画像: オーバーシーズ

ヴァシュロンが独自に開発したダブルセーフティーバックルも特長の一つ。
ここにもマルタ十字のモチーフが取り入れられています。

ここで完成形としないところが、さすが名門ブランドたる所以でしょう。
2004年にモデルチェンジを行い、さらに魅力的な時計となりました。

画像: オーバーシーズ

マルタ十字をモチーフとしたベゼルは前作より引き継がれましたが、ブレスレットは大幅に変更されました。
デザインにマルタ十字をうまく取り入れ、非常に美しいデザインだと思います。
全体的な質感まで向上している印象です。

画像: オーバーシーズ

バックルの仕様は変更され、使い勝手は格段に良くなりました。
前作のセーフティーシステムは優れたものでしたが、若干操作性に劣ったのでしょう。

画像: オーバーシーズ

現在は、チタンやラバーといった異素材まで活用して、新たなる【オーバーシーズ】を展開しています。
その存在感と質感は、名門ヴァシュロン・コンスタンタンのスポーツモデルとして、誰もが認めるクオリティです。