ブレゲほど時計の歴史を体現しているメーカーは無いのではないでしょうか。
現代の時計メーカーが用いてるデザインや技術は、元を糺せば
ブレゲが作り出し、受け継いできたものが少なくありません。
メーカー名に創業者の時計技師の名を残すブランドは数多いですが、
Abraham Louis Breguet(アブラアン・ルイ・ブレゲ)の存在は別格。
時計の歴史を二世紀早めたと言われ、
現代の時計の基礎を作り上げた伝説の時計師です。
ブレゲというブランドが世界の時計ファンに雲上ブランドとして認められるのも、
この人があったこそだと思います。
アブラアン・ルイ・ブレゲは1747年にスイス・ヌーシャテルで生まれ、
1775年にシテ島で時計工房を始めるのですが、
出生地のヌーシャテルという土地や時期に運命を感じます。
ヌーシャテルはジュラ山脈に位置しており
近くにはラ・ショードフォンもあり共に時計産業が盛んで
この一帯は“ウォッチ・ヴァレー”と呼ばれています。
もし、この地がブレゲの生誕の地でなく、時計に親しみを持って育たなければ、時計の歴史はまた違ったものになったかもしれません。
(ブレゲの家は牧師を何人も輩出した家系ですが、義父が時計師でした)
※Île de la Cité=シテ島はフランスの中心部を流れるセーヌ川の中洲にあり、
パリ市内でもっと古く歴史があるため“パリ“発祥の地とも称されています。
当時の時代背景のルイ・16世のランスノートルダム寺院での戴冠式から始まりフランス革命までは
激動の時代といっても過言ではないでしょう。
当時の時計は超が付く高級品で、主な顧客は貴族や王族が中心でした。
1789年のフランス革命でフランスの上流社会は壊滅的なダメージを受けますので、
1775年の工房の開始は、ギリギリ黄金時代に間に合ったと言えます。
それを考えると、ブレゲが得意としていた複雑時計で名を残せたことは、奇跡に近いことではないでしょうか。
こちらがブレゲの顧客リストですが
顧客名 | 年度 | 顧客名 | 年度 |
Ducd`Orleans | 1780 | Lord Berwick | 1807 |
Queen Marie-Antoinette | 1783 | King of Holland | 1808 |
King Louis XVI | 1783 | Queen of Spain | 1808 |
General Bonaparte | 1798 | Prince don Antonio | 1808 |
General Jobert | 1798 | Essed Ali Effendi | 1808 |
Prince de Talleyrand | 1799 | Czar Alexander | 1809 |
General Massena | 1799 | King of Westphalia | 1809 |
General Kellermann | 1799 | Prince Redziwill | 1809 |
General Hedouville | 1799 | General Bessieres | 1809 |
Ducd`Aussana | 1799 | General Marchand | 1809 |
Louis Bonaparte | 1800 | General Soult | 1809 |
Lucien Bonaparte | 1800 | Count Potocki | 1809 |
Joseph Bonaparte | 1800 | King George Ⅲ | 1810 |
Queen of Tuscany | 1801 | Prince Orloff | 1810 |
General Leclerc | 1801 | Prince Aldobrandini | 1810 |
General Belliard | 1801 | General Moreau | 1810 |
Prince of Wales | 1803 | Prince Poniatowski | 1811 |
Prince Pignatelli | 1803 | Prince Ferdinand of Spain | 1812 |
Comte de Flahaut | 1803 | Prince Charles of Spain | 1812 |
Duck Of Bedford | 1803 | Baron Hottinguer | 1812 |
Lady Elgin | 1803 | Von Humboldt | 1812 |
Prince Galitzin | 1804 | The Florence Observatory | 1812 |
Marquise de Santiago | 1804 | Empress Marie Louise | 1813 |
Prince of Wurtemburg | 1805 | Prince of Neuchatel | 1813 |
Emperor Napoleon | 1806 | General Ney | 1813 |
Empress Josephine | 1806 | Grand Duchess of Tuscany | 1813 |
Queen of Etruria | 1806 | General Davidoff | 1814 |
Sultans of the Ottoman Empire | 1806 | Prince Frederick of Prussia | 1815 |
Princess Murat | 1806 | Baron Rothschild | 1815 |
General Berthier | 1806 | Count Pozzo di Borgo | 1815 |
General Sebastiani | 1806 | Duke of Marlborough | 1815 |
Jerome Bonaparte | 1806 | Achille Vallenciennes | 1815 |
Queen of Naples | 1807 | Duke of Norfolk | 1821 |
General Junot | 1807 | French Navy | 1823 |
王ルイ16世、王妃マリー・アントワネットの他、ラ・ロシュフコー、ノワイユ、モンテスキュー、
ナポレオンなど歴史的人物が
顧客名簿に連なり、ブレゲの時計師としての名声の高さがよくわかります。
その発明の歴史を簡単に説明すると、
年度 | 発明内容 |
1780 | ツインバレル(複式香箱)の開発・自動巻き懐中時計(ペルペチュアル)。 |
1783 | ゴングスプリングの発明。ブレゲ針とブレゲ数字のデザインを採用。 |
1786 | 文字盤にギョーシェ彫りが採用される。 |
1789 | オイルを使わずに脱進機を動かす。ブレゲキーと呼ばれるラチェット式の鍵を開発。 |
1790 | 耐衝撃機構のパラシュートを開発する。(1806年完成) |
1791 | 独立したジャンプ式のストップウォッチを開発する。 |
1795 | sympathique clocksの構想を息子に手紙で残す。 |
1795 | ブレゲひげゼンマイ・パーペチュアルカレンダー・ルビーシリンダー脱進機を開発する。 |
1796 | 極めて簡素化された懐中時計を販売する。『スースクリプション』前金制販売。 |
1798 | 一定張力脱進機『コンスタントフォースエスケープメント』の特許を取得。 |
1798 | 時計機構を応用したミュージカル・クロノメーター |
1799 | 『モントレ・ア・タクト』の販売。ポケットに手を入れたまま時間のわかる懐中時計を開発。 |
1801 | トゥールビヨン・レギュレーターの特許を取得。 |
1810 | ナポリの王妃の注文により【世界初】の腕時計の開発に着手。(1812年完成) |
1812 | 時計の目盛りを中央からオフセットした。 |
1815 | ツインバレル(複式香箱)搭載の精密調整機能付きマリンクロノメーター。 |
1819 | 天体望遠鏡の接眼鏡の開発により1/10秒から1/100の計測を可能とする。 |
1820 | 2重秒針時計=現在のクロノグラフの原型を開発。計測用クロノメーター。 |
今となれば当たり前に存在する針や文字盤そして機構などが彼の手で生み出されたという事が分かります。
その技術と発明、そして現在それらを受け継いだモデルを紹介したいと思います。
ツインバレル
通常の時計は香箱が一つあり、その動力で時計の動きを賄っていますが、
二つの香箱を搭載することにより、動力の効率的蓄えと安定した供給を可能にし一定した運針を実現します。
自動巻きの改良
現代の自動巻きの祖先とも言うべき「パルペチュアル」と名づけられた機構。
懐中時計にハーフローター状に組み込まれています。
「永久カレンダー」の開発
ブレゲがフランス革命の難を逃れるためにスイスで潜伏していた期間に開発されたと伝えられています。
「トゥールビヨン」の発明
現在のような工作機械も存在しない時代に作られたことに驚かされます。
2重秒針時計=現在のクロノグラフの原型の発明
スプリットセコンド・クロノグラフまでもこの年代に完成させていました。
スースクリプション
時計の製作依頼と共に代金の一部を先払いする制度でのみ販売された予約制『スースクリプション』。
香箱を機械の中心に置きテンプなどを周囲に配置しています。
販売金額と時計自体の精度が良かったことでブレゲの評価が上がってゆきます。
この配列は「トラディション」に生かされています。
スースクリプションを改良した「モントレ・ア・タクト」の表側はそっくりですね。
その機構だけではなく、美意識にも秀でていたブレゲは、今でもブレゲの名を冠する通称「ブレゲ針」や
独特なアラビア数字「ブレゲ数字」を考案。
高級な時計に好んで施されるギョーシェ彫りもブレゲによる発明です。
ギョーシェ彫りはダイヤルからの光の反射を防ぐことも考えてデザインされたと言われています。
ブレゲ針、ブレゲ数字、ギョーシェ彫り、と今では古典的と思われるディティールが
「視認性」を考慮し考え出されたというのに面白さを感じます。
機能性を優先したがために長く使われ、歴史を積み、結果として古典になる。
当時のアンティークモデルを手に入れるのは難しいですが、
現在のブレゲにも継承される機能美とロマンを感じてみてください。
vol.8
《Breguet》
ブレゲの時間軸